« そして今年のサマソニってば | トップページ | 日が暮れて、 »

2018年2月10日 (土)

つまり気づくこと



三十路にしてようやく
「音楽対自分」の在り方というものが
解ってきたように思います。

「耳をすませば」の中に
皆で演奏するシーンが
あるじゃないですか。

どんなに練習したって、愛したって、
あそこに行けるのって奇跡だと思う。

あんな一瞬は音楽を通じて出会える
最高の幸せだと思う。

奇跡だけどちゃんと見渡せれば
チャンスがごろごろあるもの。

それは演奏者としての幸せで。





サマソニでフーファイをみんなで
大合唱したりさ、
圧倒されて棒立ちで観た
シガーロスとレディオヘッドとかさ、
踊りながらご飯作ったりさ、
そんなオーディエンスとしての
最高の幸せも知ってしまったし。


例えば私は
できるならタイムマシンに乗って、
もう一度17歳をしてみたいけど

唯一それができる手段が
音楽であったりもする。


場所も時間も音楽は越えていける。
一瞬で17歳の時と同じ風を吹かす。
100年前のことだって
音楽を通じて知れる。


それってやっぱりすごいね。



今すごく良い感じ。
ボタンが全部止まったよう。




GLAYもバッハもRADIOHEADも
ひっくるめてプレイリストにぶち込んで
聴けるこの感じ、超絶たのしい。



本当に音楽と一緒に生きていると
実感します。



良い音楽があったら、
教えてください。



小梅









|

« そして今年のサマソニってば | トップページ | 日が暮れて、 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1358405/72888515

この記事へのトラックバック一覧です: つまり気づくこと:

« そして今年のサマソニってば | トップページ | 日が暮れて、 »